sunaowamuteki’s blog

与えられたものに目を向けて生きる。思索好きの天邪鬼。


何にも無い時の暮らし方を知っていますか?

今週のお題「わが家の防災対策」

日本国民のほぼすべてが被災経験者となったかも知れない

ここ20年程の台風・水害・地震・竜巻と、日本のほぼ全ての地域が何らかの災害を経験したような気がする。

今年は岡山や大阪という、災害を免れていた地域にもそれは及んだ。
自然災害であれ人災であれ何にせよ、今の暮らしが「何者にも壊されずにずっと続くという保証」はないということが、ようやく身に染みて国民全員が理解した年なんじゃないかと思う。

予測可能なものとそうでないもの

台風や大雨による河川等の氾濫ならば、事前に予測をつけることで「早めの避難」が実現する可能性は十分にあり、その時は各自が念入りに用意した防災袋も役にたつ。

 

しかし地震については・・・地震の予測なんて、そんなものはあてにできるものではないと一度地震を経験したらわかる。

地震がおこった時、まだ若い者は機敏にテーブルの下などへ移動できるが年寄りはそうではない。年寄りはその時にどこでなにをしていても、揺れが止まるまでその場でじっとして動かない。と言うか、動けないらしい。たとえ揺れがおさまっても、次に自分がなにをするべきかの思考もしばらくは停止してしまうようだ。だから炊事中であってもとっさに「ガスの火を消す」ということができない場合がある。

そうなると最悪の事態。地震による火災だ。

だから、若い者は近くの年寄りに声掛けをしてあげる必要が出てくる。
「ガスの火は消したか」「避難をするかどうするか」とりあえず、「常備薬だけでも持ってすぐに避難所へ向かうかどうか」等の具体的な問いかけだ。

自治会や町内会があるなら、予め声を掛けるお宅を割り振って担当を決めておいたらスムーズだ。
いつもはエラそうに振舞っているような年寄りでも、地域の若者にイザとなったら世話になるかも知れないという自覚があればその関係性も穏やかになるかも。けれども担当の若者自身が不在の時や、若者自体が住んでいない地域もあるからホントにささいな防災対策にしかならない。
でも、可能な地域なら考えてみる価値はあるような気がする。

 

何にも無い時の暮らし方をどうするか

災害が起こって、最初の時点で速やかに「避難袋を持って避難所に辿り着けるか」は、どっちにしろ災害時の状況次第でどうなるかわからない部分が多分にある。

避難所に行くことができた、あるいは自宅に残れる状態であった場合、次の対処は電気・ガス・水道の停止や道路の寸断といったライフラインが一瞬で消えてなくなった時に、現代人はいったいどうすれば復旧するまでの間を最小限の不安と不便で生活できるようになるのかということだ。
いろいろ考えてみると、詰まるところは「何にも無い時の暮らし方をどうするか」このスキルを皆が身に付けることが確実な「防災対策」になる気がする。

現代のライフラインでの生活はまだ100年あまり。人間の歴史から考えれば、まだまだそれらが無くても暮らせるスキルは各自のDNAに残っているはず。だから、決して不可能ではないと思う。 

 

 

ライフラインが消えてなくなった時を不安に思うなら、100年余り昔の生活を遡って振り返って確認し、現代の生活の一部にそれを復活させておくのもひとつの良い方法と言えるのではないか。

一昨日、同じお題でこの記事を書いた。↓ 

www.sunaowamuteki.com
私はこの記事のように想定したのだけど、これはあくまで自分だけの事。今日はもう一度、ちょっと思考を広げて考えてみた。

 

日本は小さい国ながら自他ともに認める「災害大国」であるのに、「防災大国」となるにはまだまだだ。

 

日本人は「賢い民族」と言えるのかどうか。

この「災害」を通して新たにそれが問われているのだと思う。