sunaowamuteki’s blog

与えられたものに目を向けて生きる。思索好きの天邪鬼。

                          

Maybe Tomorrow 

レベッカの曲

 

だけど明日は きっといいこと あると信じてたいの 

www.youtube.com

 

問わず語りの記事ですので、興味のない方は他の記事へGO!

 

 

 


ハタチ前後ぐらいの若い子のブログを読んでてなにやら自分のとっても懐かしい昔の思い出が蘇ってきた。

それで、私が10代後半から20代の半ばぐらいまでのけっこう長い間聴いてたレベッカのこの曲をふと思い出して妙にまた聞きたくなり、YouTubeで聞いてみた。

 


疲れ果てた からだ横たえ 目を閉じて今日を 思い返す

汗にまみれて ただ がむしゃらで 夢はまた遠い 一日だった

 

この歌い出しで「あ~、そうだったなぁ・・・」と、当時を思い出す。

私のプロフィールに書いてある通り、子供時代は今で言うサバイバーやった。

30歳前半まで、夜布団に入ってからなんでかその時のことを急に思い出して号泣するっていうのが定期的にあった。具体的にどんなサバイバルやったか書くのは無理。



最低限に絞って言うと、母は私が小3の時に出奔←ちょっと雰囲気ある言葉つかってみた。


↓話と関係ないけど重たい話で、ちょっと気分を変えたくなって貼ってみた。

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先日のゴーヤの苗が伸びてきたから昨日大きい鉢に植え替えた。

sunaowamuteki.hatenablog.com



 

それはさておき・・・
父も腹違いの兄も、中卒。
受験すらしていないそんな家。私だけが高校受験して受かった。
「家から歩いて行ける公立だけやぞ」との父との約束での高校受験やった。



ほんでも結局、通学できたのは1年の1学期だけ。

夏休みが終わるころ、父に連れられて学校に行き「家が貧しい。娘に働いてもらって、家にお金を入れてもらわんとあかん」と先生方に父が説明し、退学を申し出た。


あの時の担任と学年主任の顔、蝉の声だけする教室のガランとした静かなカンジ、今でもよく覚えてる。

学年主任は「いったん、休学という事にしてまた通える時がきたら・・・」と言ってくれたが父はきっぱり「いえ。退学で」と即答。父からのキックマイアス宣言。

 

 

↓笑いの入れドコロがわからんで、とりあえず貼ってみた。コレ飲みながら記事書いてる。

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↑森永 GABAオーレチョコレート  美味しい❢

 

 


グレる余力も時間の猶予も無かった。私はすぐにアルバイトを探して、喫茶店で一か月働いたあとその給料を持って家を出た。というか、逃げた。

その後の詳細は面倒やから省くけど、16歳の終わり頃から2階建てのアパートの2階を借りて1人暮らしを始めた。21歳ぐらいまでそこに住んでたと思う。



まあ、なんせ親から逃げてきてるから一人で生きていくのが第一の優先事項でとにかく必死。



私が育った時代は、高度成長期~バブルの終焉が見えてきた頃。
子供の頃はそんな世の中の好景気の恩恵から完全に外れた家庭で育ってた訳やけど、家を出たことでその恩恵にあずかる事ができ、こんな私でも食いっぱぐれずにすんだ


テレビとかで海外の黒人の貧しい子が、身を削るようにして働いて勉強して大学まで進学してるのとかを観ると、さすがに学歴を中卒のままほったらかしにしてた自分自身がたまらなく恥ずかしくなってまうんやけど、若い時は仕事に困った事がなくて人間関係にもすごく恵まれてたから、日常生活で中卒の自分を恥ずかしいと思った事がなかった。そういうのも善し悪しやね、この場合。


とはいえ、やっぱり心の片隅にちゃんとコンプレックスはある。

 

ところでこのMaybe Tomorrowの歌詞にある「夢はまた遠い 一日だった」ってとこ。
私には「夢ってどうやって持つの?」って、そこが全然わからんかった。

 

自分の生活の不安を無くすためだけに汲々としてて、誰かのために生きる自分なんて想像したこともなかった。

でも「強い自分」になりたいとずっと思ってた。自分が強かったら何にでもなれる。

夢なんてその後に考えればいい

 

 


なんにせよ、今の私は当時からはうんと遠いところにいて、血縁の誰からも大事にしてもらえんかったけど、他人である夫からはとても大事にしてもらってる。ヨカッタヨカッタ。

 

 

今、子供の6人のうちの1人が貧困て言うてて多方面から物理的な支援をやってるけど、この日本で貧困になってまうっていうその家庭の背景をちゃんと見て解決していかないといけない。それに、貧困でないタイプのサバイバーもいるから大変ややこしい。野島伸司のドラマみたいな?

はたから見てても、その家庭で子供がどんな扱いをうけてるかなんてわからない。あるいはうすうすわかってても、人の家庭の中は治外法権やから誰にもどうにもできない

私が心配なんは、子供の頃よりも大人になってからの人生の方がずっと長いってこと。貧困の連鎖も、暴力の連鎖も、なんでそうなるのか私には理解できる。なんとか生き延びて大人になったサバイバー達が世の中に出た時に、必要な時に専門家のカウンセリングとか無料で受けられたらいいのに。



とにかく、全ての様々な来し方のサバイバー達が、その宿命から脱することを本当に心から願ってる。無力やけど。

 

 私にとってMaybe Tomorrowは、そんな曲。

 

 

 

 

 

 

 おわり。