sunaowamuteki’s blog

与えられたものに目を向けて生きる。思索好きの天邪鬼。


大樋美術館に行ってみた

昨日の続きです。

 

大樋美術館

ホテルをチェックアウトして、昨晩ホテルで貰ってきた地図を片手に目的地を目指して歩いてると、なんか見たことない立派すぎる松の気・・・いや、木。

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個人宅かも知れんけど、植木だけやったら撮ってもエエかな・・・?とパシャリ。この頃はホラ、ブログやるなんて考えもしてなかったから。(;^ω^)

で、ずんずん歩いてるとこの塀の中が「大樋美術館」でした。

 

すんごい格式やん。

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この建物は万延元年(1860)頃の建築で、もともとは森快安(もりかいあん)というお医者さんの邸宅だったそう。
それを大樋家が昭和27年頃購入し、現在は金沢市の指定保存建造物となっています。

写真の松は樹齢500年の赤松で「折鶴の松」といい、こちらも金沢市の指定保存樹になっています。

 

大樋焼の作品群に関しては、私はどうしても「楽家」が好き過ぎるのでその思い入れが邪魔をしてるのか「楽家の楽茶碗に似て非なるもの」にしか見えず、いまひとつ楽しめませんでした。

ろくろを使わずに手とへらだけで成形する「手捏ね」の手法で作られた茶碗を一般的に「楽焼」と言いますが、そうして出来上がった茶碗はその個性よりもまず、作り手の感性や背負っているモノの重さ・深さが表に出るという恐ろしさがあるように思います。だからプロとして「楽焼」をやるというのは、焼き物の芸術の中では一番、勇気がいることではないかと私は思うのです。

 

大樋焼の歴史への興味

大樋焼にかつての「加賀百万石」というナンバーワン外様大名パトロンとして付いていた200年以上もの長い時間と潤沢な資金、そのバックグラウンドを失った明治維新後からもさらに150年以上の計350年以上もの長い年月があったのにも関わらず「脇窯」という位置から脱却できないまま(私はそう感じました)現在に至る事が不思議でそっちの方に興味が湧きました。

それで大樋焼の歴史を紐解き、私なりにその理由について考察してみました。
ゆえにここからは私の勝手な想像ですが(いや、ここまでもずっとか)大樋焼の初代である土師長左衛門が仙叟宗室(裏千家四代)と共に、パトロン前田家に出仕していた20年程の間が最大のポイントかなと思いました。

前田家仙叟宗室土師長左衛門、この並び順がそのまま上下関係であります。

その前田家もまた、総元締めである将軍家からの勘気を被らないように・・・・はっ!そうか!その為に、茶の湯に関してあえて江戸や京以上に目立つようにはせずに、あえて「文化を取り入れる」側の立場を逸脱しない様にバランスをとりつつ、実のところでは「漆器」に一番力を注いでいたのかも知れない。👀✨金沢漆器は素晴らしい。

 

大本をさかのぼれば、千利休が時の権力者(豊臣秀吉)と上手くいかなかった事で、武士ではない茶人でありながら「切腹」によって命を終えたこと。
これ以降の茶人には、千利休が確立した「わび茶」の心技に体(生き延びる事)が加えられ、特に明治以降の三千家それぞれのビジネスモデルの確立に生き残りをかけるなかで「わび茶」の「心」の部分は徐々に「技」から切り離されて行き後々の茶道となっていったのだと思います。

けれども千利休が顕した「わび茶」の「心」は、それを欲する者にのみ血や時代とは無関係に現代から未来までも永遠に受け継がれていきます。

 

充実した一人旅 

このあと成巽閣と、石川伝統産業工芸館に行って・・・この日もめっちゃ暑くて、けっこうバテた記憶が。兼六園は以前に、バスツアーで雪の季節に行ったことがあったのでこの旅では寄らずです。

(;´Д`)バテ尽くす前に、これらと近い場所にある素敵なカフェに入ってゆっくり休憩することにしました。

 

カフェの名は、ル ミュゼ ドゥ アッシュ KANAZAWAでした。
お店自体も素敵ですが、創作ケーキが並ぶショーケースを見ながらどれにするか考えるだけで、精気が戻ってくる心地がしました。

 

美味しいケーキだけでなく、疲れた身体も癒される空間。↓

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 ここで、友人に焼き菓子をお土産に買って帰ったら「辻口さんのやんか~」と言って大いに喜ばれました。有名なパティシエのお店だったとそれで知りました。

 

お昼ご飯は、帰りの特急電車内で駅弁

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以上でした。

 

旅のススメ

思い返すと結婚して2年目の夏でした。この時はまだ、普通に働いていた頃です。
たぶん、初めての一人旅だったと思います。

 

この翌年の秋ごろ、最初のパニック発作が出ました。まさか自分がパニック障害になるなんて思いもしませんでした。コレにかかると移動が困難になります。

 

私は気分転換が得意で「退屈」という感情を持つことがほぼ無いタイプの人間です。精神疾患系には、まず、なる事はないと思ってました。
それに自分で言うのも何ですが、私は「根性がある」方です。でも、自分の持つあらゆる利点もパニック障害が起こると無力化します。

 

脳が勝手に、本当に勝手に突然「危険信号」を出し、でも現実は全然そうじゃないとわかっている自分もいるので「脳の危険信号」とそれに添った行動が出来ずにいる自分との精神上のアンバランスで瞬時にパニックが起こります。

自分の意志よりも、脳の信号が優勢でどうにもできません。なので、脳の危険信号の通りに、屋外へ走り出すとかのアクションが起こせる場所に常にいる事が安心な訳です。

 

ちょっと愚痴になりましたが要は、旅が好きな人は「行けるうちにどんどん行っとく方がいい」と言いたいのです。

 

お金があっても無くても、旅はできます。

旅で得られる自分の中の新しい感情をたくさん発見して、豊かな感受性に溢れた人生となるように。

旅する事をオススメします。

 

おわり。